感想

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短歌の改作をしてみる( 穂村弘『短歌という爆弾』を読んで )

 

恋人が恋人の恋人と住む丘には風は吹かないのです

( 神谷きよみ )

 

穂村弘の著書『短歌という爆弾』の中の、電子メールによるやりとりを通じて短歌のレッスンを行うという企画で、ピアニストである神谷きよみが穂村弘に送った一首です。

 

穂村弘はこの一首を、「おとぎ話のようで、でも不思議にリアル」「句またがりも巧く決まっています」と称賛しつつ、後半を「悪くないけど、少し流した感じ」と評します。

 

「流した」というのは、言葉が定型の中に収まりすぎているために、自分の気持ち、情景の細部に筆先が入り込めていないという感じでしょうか

確かに、「丘」に対して「風」ではその一首の中の世界に広がりがないというか、容易く想起できる要素で完結させてしまっている感じがしますね。

 

穂村弘は、同書の『麦わら帽子のへこみ』という章で、短歌が人を感動させるために必要な要素として「共感と驚異」を挙げています。

俵万智の歌を例に挙げて、言葉を定型に組み立てるだけの表現を諌め、あえて歌中に「驚異の感覚」( 違和感と言い換えることもできるかもしれませんね )をもたらす言葉を入れることでより共感性の高い歌を作る方法を述べています。

 

砂浜に二人で埋めた飛行機の折れた翼を忘れないでね

(  俵万智  )

 

 

ここでは、「飛行機の折れた翼」が驚異の感覚をもたらす役割を担っていると言えるでしょう。

それを踏まえて、穂村弘

 

 

恋人が恋人の恋人と住む丘には風は吹かないのです

 

 

を、どう改作したのかを見てみましょう

 

 

改作例1

恋人が恋人の恋人と住む家に投げ込むひまわりの首

 

 

改作例2

恋人が恋人の恋人と住む家の時計の鳩盗み出す

 

 

まず、「丘」を「家」に変えたことで、より具体性のある衝動のようなものが表現されていますね。

僕は、「時計の鳩盗み出す」は少し攻撃性が直接的過ぎるのかなと思いました。

「家に投げ込むひまわりの首」は、ひまわりという華やかで明るいイメージのあるものを首だけ投げ込むことで、嫉妬や憎しみををうまく表現できない感情のねじれを表した素晴らしいフレーズだと思いました。一気に情報量が増えますね。

しかし、「丘」を「家」にしたことに関しては、穂村弘自身、「これだとちょっとやりすぎかな。きよみさんの原作にあった自然な実感が消えてしまうかもしれない」と述べています。

うまく言えませんが、原作では、「恋人が恋人の恋人と住む」こと自体への直接的な感情というより、もっと広い、それが成立している世界自体へのやわらかな呪いが描かれていたように思います。その世界を「丘」に仮託して、「風は吹かない」呪いをかける。家まで行ってひまわりの首を投げ込んでしまうと、すこし憎しみのニュアンスが強すぎる気がします。もうちょい感情を曖昧に表現できるといいのかも知れませんね。

 

そういうことを考えているとなんだか面白くなってきたので、僕も改作を考えてみます。完全に素人なので僭越ではございますが、素人だからこそ恐れを知らずにこんなことができる。こっちは素人なんだぞ。何やってもいいだろ。

まずは、原作に準拠して、「風」で

 

 

恋人が恋人の恋人と住む丘には風は吹くなと祈る

 

 

「祈る」が微妙ですかね。「吹くなと祈る」よりも、「吹かない」と言い切る方が切ない願いの感じがしていいかも知れません。吹かないと信じていたい気持ちというか。

次に、穂村弘による改作例1を元に

 

 

恋人が恋人の恋人と住む丘に捨ててくひまわりの首を

 

 

「投げ込む」を「捨ててく」に変えて、自分の生活があくまで中心となる中でふと沸き立つ愛憎を衝動的にぶつけた感じにしてみました。割り切れない感情が出せたらいいなと思って、「を」をつけて文章がまだ続きそうな雰囲気を出しました。

でもちょっと「捨ててく」ではないかもな。

次は改作例2を元にやってみます。

 

 

恋人が恋人の恋人と住む家の時計の鳩を真似する

 

 

何もない日の夕方に、一人でその家の鳩時計の鳴き真似をしてたらちょっと可愛いしかなり怖くていいかなと思ったんですが、ちょっと生活感が出すぎましたかね。もっとおとぎ話感が欲しい。狭い視野で広い世界を見ているような短歌にできたらいいな。

 

 

恋人が恋人の恋人と住む丘には二度と風は吹かない

 

「二度と〜ない」がオートマティックというか、流した感じでしょうか。言葉を定型に組み立てるだけになってしまいました。「二度と風は吹かない」より、「風は吹かないのです」の方が、個人的な感情の表出という感じがして、より実感を伴ってていいですね。

 

 

恋人が恋人の恋人と住む丘には風は吹かないのです

 

 

原作が一番良いような気もしてきました。僕はこの辺でギブアップします。

『短歌という爆弾』かなりおもしろいのでお勧めです。短歌を楽しむための手引きとでも言いましょうか、短歌という世界の入口にある厳めしい扉を少し開けて、その中にあふれる光と陰を覗かせてくれるような本です。