感想

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乗代雄介『生き方の問題』(群像2018年6月号)5

なんか話がとっちらかってきちゃったな。今回で終わりにしましょう。

適切な引用ができているのかすらわからなくなってきましたし、「想像の悪」に関してはよくわかりません。そもそもほとんどのことがよくわからない。わかったふりをする技ばかり磨いている。本当は、「俺はこんな難しい本を読んでいるぞ。こんな高尚なことを考えているぞ」と自慢したいだけなんです。(そういうのを衒学的って言うらしいですね。さっき知りました。「衒学的」という言葉自体があまり一般に浸透してはいないから、日常会話で誰かを「衒学的」だと言うと、それを言った人も衒学的な人になるなあ。すみませんどうでもいい話をしました。)

まあいいでしょう。今は自分をとにかく甘やかしたい気分なので、そんなことには構いません。僕は絶対に小説家ではないという事実を免罪符にして話を続けます。

 

さて、川端康成は、『散りぬるを』の中で「いろんなしたりげな意味をつけ」ることを、「まことに愛しておらなかった証拠」だと書きました。これを川端自身の主張だと読むのは安易であやうい見方だろうと思いますので、そういう考えもあるという程度の認識に留めておきましょう。

そこで僕は、『未熟な同感者』(乗代雄介)の一節を思い出しました。

 

"こうした比喩はまずもって退屈の証である。対象物への愛はもてあました暇の内に言葉を積み上げる。"

(『未熟な同感者』)

 

ここでは比喩に関して「対象物への愛」という言葉が無前提に使われています。この食い違いは愛という言葉の定義の違いによって起こったものかというと、実はそうでもないらしい。

(そもそも、「したりげな意味をつけ」ることと「こうした比喩」が同じ性質のものであるかという疑問がまずあります。僕は、同じとまでは言わずとも似通ったものではあると思います。[現象→想像→表現]のプロセスは共通しているため、それが悪だとするなら悪の性質、愛だとするなら愛の性質も共通するような気がするのです。)

 

"また、自分の文章構成への言及は、本性では比喩の入り組んだ美辞麗句を書きたがるフローベールが『ボヴァリー』を努めて簡潔な言葉で書いたことを想起させるものだ。実際、この問題については「シーモア ー 序章 ー」で、バディの小説を読んだシーモアの短評の中で言及されてもいる。"

(『未熟な同感者』)

(はじめの「自分」はシーモアのことを指す)

 

このまま『未熟な同感者』の引用で済ませるのも手ですが、せっかくなのでシーモアの言葉を参照してみましょう。以下の二つの引用は、バディの小説を読んだシーモアがバディに向けて書いたメモ書きの一部を抜粋したものです。

 

"今夜のぼくは、すべて「すぐれた」文学的助言とはまさにルイ・ブイエやマクス・デュ・カンがフローベールに、マダム・ボヴァリーを押し付けようとしたことだと確信している。実際その通りで、この二人は優雅な趣味を持ち、力を合わせ、彼に傑作を書かせたのだ。彼らは彼が心情を書きつくす機会を潰してしまったのだ。彼は名士のように死んだが、実際はそんなものではなかった。彼の手紙は読むに耐えないものだ。本来あるべきよりも、ずっといいものになっている。書かれていることは無駄、無駄、無駄なのだ。ぼくは胸がはりさけそうだ。"

(J.D.サリンジャーシーモア ー 序章 ー』井上謙治 訳  新潮文庫)

 

シーモアは、本来「読むに耐えない」手紙を書くフローベールが書いた『ボヴァリー』という傑作を、「本来あるべきよりも、ずっといいものになっている。書かれていることは無駄、無駄、無駄なのだ」と評します。

ここでは、簡潔な表現によって美しい文章が生み出されること、技術によって傑作をものにすることは(書く・読むの関係において)価値のないことだとされています。ではシーモアは何に価値を見出したか。

 

"満天にお前の星たちが全部でているというただそれだけの理由でいいからぼくが五時まで起きているようにしてくれ。それだけの理由でいい。

(中略)

ものを書くことがいったいいつおまえの職業だったことがあるのだい?それは今までおまえの宗教以外の何ものでもなかったはずだ。そうだとも。ぼくは今すこし興奮しすぎているようだ。ものを書くということがおまえの宗教である以上、おまえが死ぬとき、どんなことをたずねられるかわかるかい?だが、はじめに、だれもおまえにきかないようなことを、ぼくに言わせてほしい。おまえは死んだとき、すばらしい感動的な作品を手がけていたかと、きかれることはないだろう。それが長編なのか短編なのか、悲しいものか滑稽なものか、出版されたかされなかったかきかれることはないだろう。

(中略)

確かなことは、おまえに対して二つだけ質問が出されるということだ。おまえの星たちはほとんど出そろったかおまえは心情を書きつくすことに励んだか?もしこの二つの質問に然りと答えるのが、おまえにとっていかに容易であるかを心得ていてくれさえすればいいのだが。おまえが腰をおろして書き始めようとするとき、おまえは作家になるずっと前から読者であったということを思い出してくれさえすればと思う。この事実だけを胸におさめてから、じっと腰をおろし、一人の読者として、もしバディ・グラースが好むものを選べるとすれば、彼がどんな文章を一番読みたがっているかを自らに問うて見ることだ。その次になすべきことは、おそろしいことだが、非常に簡単なことなので、こうして書いているときもそれが信じられないくらいだ。恥も外聞もなく腰をおろして、ひとりで書くということだけだ。"

(『シーモア ー 序章 ー』)

(下線部は引用元では傍点があった部分)

 

シーモアが何よりも優先する二つの質問。それらを前にしたとき、「想像の悪」はもはや大した問題ではありません。その悪も「心情」のうちであるからです。比喩の入り組んだ美辞麗句を書きたいなら書けばいい。

川端康成が『散りぬるを』で[現象↔︎書き手↔︎文章↔︎読み手]の関係のうち、[現象↔︎書き手]を優先して(現象を絶対のものとして)「想像の悪」と書いたのに対して、シーモアは[書き手↔︎文章]の関係を優先しています。

この違いを突き詰めてゆくと根底にあるのは「同時性の状況に立」っているか=リアルタイムであるかそうでないか、の違いなのではないでしょうか。ものを書くにあたってリアルタイムであれば、書く対象物となる現象は自己に内在化されるために、現象を絶対のものとすることはできないからです。もっと突き詰めると好みの問題に過ぎないのですが。

 

『生き方の問題』に話を戻しましょう。

祥一の場合はただ「心情を書きつくす」だけではいけませんでした。なぜなら、手紙の読者は貴子であり、貴子と「完全な同感」に到ることを願う祥一の手紙は、[書き手↔︎文章]だけではなく[書き手↔︎文章↔︎読み手]の関係の中で書く必要があったからです。そのとき書くことは宗教になり得ない。

( 余談ですが、祥一は手紙の中で書かれた出来事の当時の貴子の心情を想像して書いたりなどは一切していません。このことと「想像の悪」を結び付けようかとも思ったのですが、考えてみればそもそも一人称小説は大抵の場合がそうでした。)

祥一の手紙は貴子と二人で織姫神社に行った日のことを中心に書かれています。その次の日、祥一は貴子の二人の子供(貴子は二人の子を持つシングルマザーです)のお守りを頼まれて三人で一日を過ごすのですが、その日のことは書かれていません。それも一度書いてわざわざ消したのです。

 

"実を言うと、僕はあの日の翌日の出来事 ー 貴方に子守を頼まれて、二人と一緒に足利の街に出掛けて過ごした日のことだ ー も同じくらい微に入り細を穿って書いていたんだけど、つい先ほど、それを全て消してしまったところだ。貴方は自分の子供たちのことが書いてあれば、どんなに僕の語りが衒学的で韜晦に満ちていても、張り切って読んだことだろう。それを思うと僕の胸は引き裂かれそうだ。僕との思い出は顔をしかめながら休み休み、飛ばし飛ばしに読んでいき、子供たちの日誌の如きは目を細めて一言半句もらさず読む。読者が特定の登場人物だけに興味を持っている状態というのは、作者にとって強烈に惨めなものだ。そこでぼくがどんなに子供たちに懐かれたか、弟が迷子になった危機をどう切り抜けたか開陳されていたって無意味なことに違いない。だってあの日ですら、それには貴方をなびかせる何の意味もなかったんだから。

そんな四万文字を跡形もなく消し去った今になって考えないでもないのは、僕が貴方に読ませるべきはまさにそのこと ー 最早この世のどこにもない僕と貴方の二人の子供たちの一日のこと以外にないということだ。他人同士だったはずの二人が、共に我を忘れて愛情を注ぎ、心を一つに我が子を見る。世に言う理想的な夫婦というのは、僕がさっきまでぐだぐだ書いていた望みに、あまりにも似通いすぎているみたいだからね。

僕はどこでを間違えたのだろう?それとも永遠に半ばなんだろうか?とりあえずこの手紙は、貴方のよい子たちへは辿り着きそうにない。僕は、僕と貴方に固執するあまり、二人を沈黙に押し込めると決めてしまった。このがさがさした手紙を一匹のトカゲとするなら、この先に残っているのは尻尾の根元だけだ。それはあとがきや解説を読みたがる不届きものに違いない貴方が、最初に僕の計画を読んでしまわないように添えられた全体の終わりであり、沈黙の始まりの部分でもある。その境目は、貴方の子供たちが喋り出す直前で、かなり恣意的にちょん切られている。今後は僕が口を挟むこともないだろうから、その歪に違いない切り口でせいぜい僕の断腸の思いとそれなりの希望を察してくれるよう祈っている。つまり、僕は尻尾切りを逆にやり果たせるわけだ。その身を引き裂き、活きのいい尻尾の方ではなく、じっと座って動かない、けれど確かに血の通っている我が身の方を貴方に捧げる。傍目にはあまり賢い判断とは言えないと思うけど、多分これだって生き方の問題なんだろう。"

(『生き方の問題』)

 

祥一は、貴子が自分の子供たちの登場する文章を興味深く読むことを恐れるあまり、それを全て消してしまったのです。きっとそれを読むときの貴子は、文章の中にいる子供たちを現実の子供たちと照らし合わせ、そこに書かれている姿を鮮明に思い浮かべようとするでしょう。そのとき言葉は代用の具に供される。完全な同感に到ることを目的として書かれたその手紙は、子供の様子を親に伝えるための「日誌」と成り果てる。[書き手↔︎文章↔︎読み手]の関係は崩壊し、貴子とその日の子供たちの間を繋ぐエーテルとしての文字だけが残る。それを防ぎ、文章の中で貴子と二人きりになるために四万文字を消すことの、なんと涙ぐましいことでしょうか。

しかしそれは祥一にとって、「心情を書きつくす」ことになったのか?何せ、一度は書いたのだ。確かに祥一は子供たちとの一日を書きたかった、そして書いた。それを読み手のことを考えて消す(目的はどうあれ)ことは、「星」が出そろうことから遠ざかる行為ではないか?

そこに、[書き手↔︎文章↔︎読み手]の関係の破綻があります。無理を通せば道理が引っ込む。いくら血と涙を絞って書いたところで、読み手は自らのコンテクストの中で文章「を」読むことしかできない。もう思い切って言おう。完全な同感者などいないのです。少なくとも貴子はそうではなかった。祥一はそれがわかっていたからこそ、子供たちとの一日を消したのでしょう。

 

ここまで書いてきて、いい加減僕も「完全な同感者」を求める営み、つまりは文学の営みが滑稽な一人相撲でしかないってことから目を背けられなくなってきました。祥一だって貴子が完全な同感者にはならないことがわかって、「人間関係の芸術」なんて貴子からすれば知ったこっちゃないことくらいわかって、それでも絶望の中で筆を滑らせるしかなかったのです。それは物書きの業とでも呼ぶべきものです。

相手にとっては知ったこっちゃない信条に従って人間関係を築こうとすることが、一人相撲でなくてなんだというんだ?

 

ところでこの一人相撲という便利な言葉は元を辿れば神事から来ていて、目に見えぬ豊穣の神や精霊と三番勝負をして、精霊が先に一勝し、人間が一勝し、最後に白熱の取組を経て精霊が三番勝負を制す、といった内容のものだったりするそうです。要するに精霊に対して面白く負ける行事、言うなれば接待ゴルフでしょうか。接待ゴルフと違うのは、喜ばす相手がいるかどうかが自分の心持ち次第ってとこです。

 

僕は物書きでもなければ熱心な読書家ですらありませんが、二十余年かけてじわじわとそういうせせこましい世界に近づいて、気づけば土俵に上がっていました。どうやらはじめの一番はもう終わって、周りを見渡す限り僕はそれに敗れたようですが、さて、次の一番をどう戦おう?今は、その退屈な行事を面白くしようと引き延ばしてはいけないような気がしてならないのです。そして同時に、そんなことを思うやつに文学の才能はないだろうという考えが深い深い安堵をもたらしてくれるのを感じます。僕は想像の悪に塗れることなく ー あるいはそれに無自覚なまま ー 生きていけるだろうし、星なんかまったく出そろわなくたって満足に死ねるだろうから。

いつでも好きな時に土俵を降りていい。どれだけ迫真の演技で戦っても、「迫真の演技」でしかない。観客の誰も精霊の姿なんて見ちゃいないだろう。あるいは僕の姿すらも。そしてなにより重要なのは、僕自身精霊の姿が見えなくなってきていて、さっさと帰りたがってるってことだ。初めから面白くしようなんて考えちゃいけなかったんだ。空疎なら空疎を、退屈なら退屈をそのまま受け入れるべきだった。形式なんかどうだっていい。ごまかさなきゃいい。